北鎌尾根(水俣乗越ルート)

【日程】2020/08/28-30
【メンバー】リーダーT、A
【ルート】
8/28(金) 6:35 上高地BT-7:18 明神-11:25 ババ平-11:53 大曲12:04-13:10 水俣乗越13:19-14:50 北鎌沢出合

8/29(土) 5:07 北鎌沢出合-5:20 右俣出合-7:19 北鎌コル-9:20 独標トラバース-13:00 北鎌平-14:08 槍ヶ岳-14:30 槍ヶ岳山荘

8/30(日) 6:19 槍ヶ岳山荘-11:00 徳沢-12:40 上高地BT

【レポート】

「ちょっとやばいかな」入山儀式の際、T が出した靴はかかとの外側面にソールと靴にほんの少しの隙間があった。気にならない程度の隙間だ。「まだ買って2 年だよ(怒)」。その隙間がその後、深刻なことになろうとはその時は思わなかった。

8/28(金)
道の駅風穴の里を出発し、さわんどBT に車を置く。上高地行き6 時発、往復バス代2300 円。バスは8 割かた埋まっていた。30 分後に上高地BT に着き歩き出す。悲劇は徳沢を過ぎたあたりでやってきた。

「あ”~」前を歩いていたT の左足のソールがパカっとはがれてしまったのだ。「まぢ?」
テーピングで補修した。口にはしないが、私は今年の北鎌は終わったなと思った。仕方がない。「もどろか」と提案したがT は行く気まんまん。「まぢ?」

T のテーピングは1 巻あったが、槍沢ヒュッテでもう1 巻調達した。「パカパカしてたら言ってね」と指示され、その後私は自分と前を歩く彼女の足元を注視することになる。

大曲から草いきれのなか、水俣乗越への急登を登る。非常にきつかったが、樹林帯で時々いい風がくるのとときどきある木イチゴがせめてもの清涼剤だ。上空が開けてきて、はるか前を行くT から「着いたよ~」の声。13:10 水俣乗越とうちゃこ。ここからバリエーションルートの始まりだ。乗越から天上沢に600m下降。最初は急斜面、樹林帯に入り次にザレ場で落石に気を付けながら降りる。途中小さな雪渓の脇を過ぎる。傾斜が落ちてきたが延々と河原歩きが続く。乗越から下降開始して1 時間半、やっと北鎌沢出合に到着。出合には目印の「テーブル岩」がある。テンバは砂地と砂利地があり、砂地にテントを張った。

下見と水取りを兼ねて北鎌沢を行く。北鎌沢は水は流れておらず、右俣左俣の出合手前でやっと取れた。テンバに戻る途中でポツポツ来たが大したことなく焚火を熾し、外宴会。ビールが旨い。

8/29(土)
5:05 出発。今日は沢登りの要素があるのと砂が入り込まないよう、靴のソールの周りを巻くようにテーピングで補修。昨日、多少軽症だった右の靴も念のためテーピングしていたがそれもやがて剥離していて、両足をテーピング補修された靴はとても痛々しい。

北鎌沢に入る。コルまで640mの登りだ。記録によると北鎌沢コルに上がるには出合を「右が3 回、最後に左」だ。まず左俣右俣出合では水のない右俣を行く。やがてちょろちょろ水が出てきて赤岩の滝で行動水1.5L 分を汲む。やがて水は涸れ急登の沢登りになる。「最後に左」というところを右に行くとクライマーズホイホイという悪所に行きつくらしいが、その出合はよくわからなかった。いま現在、3 つ目の出合で右のはずだが、いかにも右は黒い壁が立っていて悪そうな出合であった。コンパスは左を差していたので明るい左に行った。 結果、それで正解だった。「右3 最後に左」の呪縛に縛られず自分たちを信じてよかった。

わずかに水が出ていてのどを潤す。沢を詰めるとやがて草付きになり右のちょっとした小尾根に乗ると踏みあとが出てきた。はるか左上部に人がいて、「そこがコルですかー」と叫んだらコルは後ろですーとのこと。踏みあとを辿るとやがてコルにドンピシャ。

7:19 北鎌沢のコルまでが北鎌尾根の核心、と出ていた記録もあったので意外とすんなり上がれたのでうれしかった。コルからは明瞭な道が続いていた。さあ、ここから北鎌尾根の始まりだ。尾根末端方面(湯俣ルート)からひとの声が聞こえた。T が「こんにちはー」と叫んだら、「こんにちはー」と返ってきたが姿は見えなかった。

ハイ松を漕ぎながら登る。先ほどの単独者に追いついた。彼は昨日北鎌沢に入りコルを目指したが分岐を間違え右の沢に入り行き詰まり、途中でビバークしたとのこと。クライマーズホイホイに入ってしまったか。寝不足とのことで相当疲れている様子で先を行かせてもらった。

8:30 天狗の腰掛け。独標が大きくそびえている。ここからは独標の取りつきルートが目視できるらしいが、よくわからなかった。右に視線をやると赤赤とした硫黄尾根が美しい。その奥の稜線の赤い小屋は三俣の小屋か。

9:20 独標の基部にある有名なトラバースルートに入る。トラバースを過ぎると直登ルートと巻きルートがあるらしいが、巻きルートで行く。千丈沢側を巻くルートは踏みあとがたくさんあり、歩き易そうなルートを選ぶとどんどん稜線から離れていき、軌道修正が大変だ。なるたけ稜線から離れないよう気を付ける。独標は登頂せず、基本巻きで行くがそれでもアップダウンが激しい。

北鎌沢コルで「こんにちはー」の交換をしたのは女性2 人連れで、独標の巻きで追いつかれた。T の足元を見てテーピングを1 巻提供してくれた。若い女性たちでこの後、彼女たちはほとんど直登ルートを登って行った。驚くべきことはひとりはラバーの沢靴、もうひとりはアプローチ靴だった。晴れていれば槍が見えるところだがガスっていて槍を見ることはなかった。

小さなアップダウンが多く疲れで1 歩が出ない。視界があり槍さまが見えると気分も違うだろうに。北鎌尾根を目指し不幸にも遭難したのであろう旧いのや最近のザックや登攀具の残置が時々現れて、身が引きしまる。先を行く女性組が鞍部にいて、そこを目指して登った。たぶんここが北鎌平。「春雪の北鎌に逝く」のプレート地点13:05。

尾根伝いに最後の登攀であろう斜面を登る。黒い巨岩の斜面で1歩1 歩がしんどい。左に見えるカニのはさみを見送る。雨がポツポツときて不安が増した。

13:45「実工プレート」。直後にあるチムニーは偽チムニーの記録もあったが取りつく。私は1 歩が出ずスリングを出してもらった。この先もチムニーがあるのだが、攀じれない私への配慮かT は巻きルートを採ってくれた。だが、そのルートも私にはとても厳しいもので、たぶん山行中一番こわかったとこ。雨粒が大きくなり視界もないが山頂はたぶんすぐそこ。手を伸ばし体を引き上げると山頂だった。

14:08 あー終わった。着いた感動より終わった安堵感が大きい。念願の槍の山頂なのにこの虚無感はなんだろう。白く煙った雨の中、登頂の写真を撮り、慌ただしく山頂を後にした。緊張の糸が途切れないよう濡れた梯子や鎖を慎重に下りた。

14:30 槍ヶ岳山荘到着。お世話になりましたの握手をした。小屋でテント泊の手続きをし、ビールで乾杯。先に着いた女性2 人組は小屋泊まりとのことで、リラックスした姿で食堂に現れ、共に山行をねぎらった。彼女らは、私たちと同じ日程で湯俣ルートから入り、昨日北鎌尾根上に泊まり、今日北鎌尾根をやり、明日は小槍を登攀するとのこと。沢靴で? 強者のお二人だった。

8/30(日)

夜、星空があったが朝になったら一面のガス。ゆるゆると朝食を済ませるころにはガスも晴れ、この山行中初めての槍のお姿を見ることができた。ヤリーっと頭に△をつくるお決まりのポーズで写真を撮る。テント撤収の際、近くの人がソール剥離にはこれがいいと結束バンドを何本か分けてくれた。なるほど、結構強度だし、緩むことがないからよさげだ。

昨日の朝、北鎌沢のコル付近で追い越した単独の男性があいさつに来られた。昨日、北鎌平で雨に降られたが、18 時ごろ槍ヶ岳山荘に着いたとのこと。無事で何よりだ。T の両足の靴のソールが剥離したが、いろんな人からの無償の優しさでソールの剥離は最悪の状態(全剥離)は免れた。剥離の段階で北鎌尾根の山行を中止するか続行するかは悩ましいところだが、正直ビビりの私なら中止していたと思う。T のクライミング技術と北鎌尾根への熱意と、さらに天候や沢の水量、出逢った人たちからのテーピング提供などの幸運な状況が重なったことが無事に終えることができた鍵かと思う。

東北や上越などの山の沢登りや山スキーばかりで、人の多い日本アルプスにはあまり造詣がない私ですが、超有名な「北鎌尾根」をやってみるには年齢的にギリかと思い、今回登頂することができました。T さん、ありがとうございました。

記録/A

黒稜山岳会

~ 遥かなる山の頂を目指して ~ 縦走、岩、沢、、雪稜、オールラウンドに活動。 当会では、新入会員を随時募集しています。 ご興味のある方は「お問い合わせ」からお気軽にご連絡ください。